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見る天理教修養科―天理教と修養科とわたし
わたしの父の実家は教会で、幼い頃から天理教は身近にありました。でも、ずっと押し付けられてきたという悪い印象しかなく、修養科へは全く不本意ながら行くことになりました。わたしは修養科についてほとんど知らず、キツイ状態に身を置いて精神を鍛える厳しい修行のようなものを連想していました。 しかし全然そうではなかったのです。意外なことに楽しかったのです。一日のスケジュールはびっしり決まっていましたがとても気が楽でした。共同生活は快適でクラスも楽しく、もっといろんな人たちと話がしたかったと惜しまれます。心をいかに正してみんなで楽しく過ごしていくかという教えがみなさんのおかげで初めて自然と体感できたように思います。 このサイトが修養科に行こうか迷っている人興味のある人のお役に立てればいいな、みんなと連絡がとりあえたらいいなと思っています。みなさん本当にありがとうございました。 立教166年(2003年)8月 |
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